シッキム、テミ茶園の歴史@チベット仏教国のお茶を尋ねて

シッキム州のお茶の歴史は、1969年、当時シッキム王国最期の国王が440エーカーの土地を開拓、ダージリンからの茶(バーネスベグ茶園)を導入して、人々に働く場所を提供したのが始まりです。
シッキムは、インド国内唯一の完全オーガニック農業を遂行している州なので、テミ茶はオーガニック、茶摘みは3月から11月まで(ダージリンよりも1〜2週間遅い)、クオリティーシーズンは4月、何種類もお茶(Spring、Summer、Autumn、WhiteTea、GreenTea、Monsoon、OolongTea等)、を作っていますが、やはりファーストフラッシュが看板です。
鑑定室にて2種類のファーストフラッシュを飲ませていただきました。
摘み期の近いチャイナとクローナル
どちらもFTGFOP(ファインティッピーゴールデンフラワリーオレンジペコー)
<備考: シッキム王国(ナムゲル Namgyal王朝)、外交の歴史>
🍀1642年 初代王プンツォ・ナムゲル
 シッキム王国建国 チベットからの亡命政権
🍀1707〜1733年 ギュルメド・ナムゲルの治世
 しばしばブータンからの攻撃を受ける
🍀1733〜1780年 プンツォク・ナムゲル2世の治世
 しばしばネパールからの攻撃を受ける
🍀1780〜1793年 テンジン・ナムゲル の治世
 ネパールからの攻撃を受けて、チベットに亡命、ダライラマ8世の庇護の下亡命先で亡くなる。
🍀1793〜1863年 ツグプ・ナムゲルの治世
 1817年 イギリス領インドの間でティタリア条約締結、ネパールに奪われた領土ダージリンなどを含むティスタ川西岸全域がシッキムに帰属した。
 1835年 ダージリンがイギリス領インドに贈られる
 1841年 イギリスはシッキムに譲渡したダージリンの割譲を申し入れ、年額3000ルピーの補償金を払うことで合意
 1849年 ドクター・キャンベルとドクター・フッカーがシッキム人に捕らえられる。イギリス領インドとシッキムの間の敵対関係は続き、ダージリンがイギリス領インド帝国に割譲される条約が締結される。
🍀1874〜1914年 トトブ・ナムギャル の治世
 1889年 ジョン・クロード・ホワイトがシッキム初代政治官に任命される。
 1894年 首都は現在の省都ガントクに遷都
🍀1914〜1963年 タシ・ナムギャル の治世
 1950年 インドがシッキムの宗主権を獲得
🍀1963〜1975年 パルデン・トンドゥプ・ナムギャルの治世
 1969年 テミ茶園
 1975年 国民投票を経て、インドの州となる

2025.04.17facebook記事より

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