南京西路150号
1930年代、キリスト教の上海青年会は最盛期にあり、社会公益事業、各種愛国活動、救国運動に参加し、八仙橋青年会ビル、四川路分会、江寧路YWCAがその活動場所になっていましたが、1932年に静安寺道(現在の南京西路)に建てられた西僑青年会大楼は西洋人の活動場所であったため中国人にあまり知られていませんでした。
西僑青年会はアメリカ人のフィッチとロックフェラーの寄付によって、上海に住む西洋の青年のための娯楽とスポーツの活動場所として建設されました。体育館として造られた1928年当時は4階建てでしたが、1932年に拡張され9階のビルに生まれ変わりました。1~3階は球場、バー、図書室、理髪室、浴室、ダンスホール、ビリヤード場、レストラン、会議ホールなどがあり、4~9階には客室がありました。西僑青年会大楼の南は競馬場(現在の人民公園)に面し、アメリカの近代的設計することで有名な事務所が行った美しい造詣を持つ建物は人々の目を引きました。
太平洋戦争時日本軍に軍事管制を受け、終戦後アメリカの活動場所となり、後に青年会に戻りました。
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