中国上海– category –
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<上海建築2004&2014>海関税務司住居 (丁貴堂住宅)
汾陽路45号 アヘン戦争後、平等ではない“南京条約”によって、中国人は税関の自主権を喪失したばかりか、輸入品に対する税率だけでなく、行政権さえイギリス人の手にわたっていました。税務司はイギリス人が担当し、さらに権力を行使する部門にはすべて外国... -
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<上海建築2004&2014>宋子文住宅
岳陽路145号 当時中国人ならばまず知らぬ人はいないと言える宋子文(1894~1971)は中国四大家族のひとつ宋家の主であり、国民党政府の財政部門を握っていた財閥政治家で、海外でもT.V.Songとして高く認知されていました。それぞれ孔祥熙、孫文、... -
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<上海建築2004&2014>亜洲文会大楼
虎丘路20号 皇家亜洲文会は1823年ロンドンで成立し、1847年にアヘン戦争によって割譲された香港に中国の芸術や自然科学を研究する亜洲文会中国支会がおかれました。上海の英国人人口の増加にともない上海にも文理学会が組織されるようになります。1858年、... -
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<上海建築2004&2014>呉同文住宅
銅仁路333号 北京西路と銅仁路の角に周囲の建物とは異彩をはなった建築物が建っています。この呉同文邸は1935~37年に建てられた著名建築家L.E.Hudecの作品です。Hudecは国際飯店、大光明大戯院、慕尓堂、花旗総会などさまざまな傑作を世に生み出し... -
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<上海建築2004&2014>花旗総会大楼(アメリカンクラブ)高法大楼
福州路209号 上海にかつてあったある種のクラブを俗にの総会と言いました。まず1861年に建てられた英国クラブは上海総会と言いました。ただこのクラブに入会できる中国人は大変稀で限られていました。 清朝末期、租界地の風物を熟知していた申報の黄編集員... -
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<上海建築2004&2014>永年大楼
広東路93号 永年大楼で目を引く存在といえば、今は無き有名な土山湾キリスト教孤児院の図画館で制作された聖母マリアのステンドガラスです。当時上海にたくさんあったミッションスクールもステンドガラスで飾られていたものでした。悲しいことにこのような... -
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<上海建築2004&2014>愛廬(蒋介石住宅)
東平路9号 蒋介石(1887~1975)は浙江省出身の軍人で、1927年上海で4・12クーデターを発動して左派勢力を弾圧し、国民党政権の最高実力者となりました。1927年12月1日宋氏宅で宗家三姉妹の一人宋美齢とキリスト教式で結婚し、大華飯店(マジェスティッ... -
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<上海建築2004&2014>中匯大楼
河南南路16号 百数十の銀行が集まった旧上海において、中匯銀行は金融界での地位は高くありませんでしたが、知名度は抜群でした。なぜなら杜月笙がつくった銀行だったからです。貧しい労働者からたった十数年でチンバンの領袖に成りあがった杜月笙は黄金栄... -
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<上海建築2004&2014>国際礼拝堂
衡山路53号 国際礼拝堂は徐匯区衡山路53番に位置し、上海最大規模のキリスト教会です。 上海開港後、多くの国家、さまざまな教派が相前後して上海に教会堂を作りました。例えば、山東道のイギリスロンドン協会の天安堂、大南門外の米国長老会の清心堂、米... -
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<上海建築2004&2014>拉摩斯公寓(ラモスアパート)白川公寓、北川公寓
四川北路2018号 四川北路と多倫路の角に建つ北川公寓は1920年代中期に建設された鉄筋コンクリート四階建ての建物です。建築規模から見ても1930年代に建てられた何十階建ての高層マンションとは比べものになりませんが、質的には大変すぐれており、さらに文...