ポルトガルお茶栽培の始まり

ヴィラ・ヴィソーザ

サンミゲル島

島の茶器

島のパイナップル畑

大航海時代にヨーロッパと新大陸を結ぶ中継地点として発展したアソーレス諸島は365日中360日雨が降るというほど多雨緑豊かで、主要農産物はオレンジでした。
このアゾレス諸島産のオレンジは人気があり、ロンドンの苗木商を経て1876年にアメリカに持ち込まれ、スペイン移民のふるさとの名前を取ってバレンシア・オレンジと呼ばれるようになったほどです。しかしこの頃現地ではオレンジ栽培がたちゆかなくなり、候補の農産物としてパイナップルと茶葉が導入されることになったのです。
サンミゲル島に伝わった最初のお茶の木は、ヴィラ・ヴィソーザ(ブラガンサ公爵家の地)から持ち込まれたとか、ジョアン・ソアレスがブラジルから運んできた木であるとかの説がありますが、最も有力なのがジョアン6世時代リオデジャネイロの王宮の司令官だったジャシント・レイテが1833年に帰島する時に茶樹を持ち帰ったとの説です。

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