雲南緊茶

緊茶は沱茶の後に登場した。姑娘茶を改良した物で原産は雲南省佛海、チベット向けに販売される定番製品である。最初の緊茶の形は「団茶」で、チベットへの困難で長い旅の間にカビが発生した。民国元年~6年(1912~1917)、佛海は心臓形を作って宝焔牌緊茶と名付けた。7個1筒、竹皮で包装された。緊茶の間に隙間があるために、水分を発散することができ、チベットへの輸送中カビの発生を防げた。下関の茶商「茂恒」は佛海で学んだ緊茶加工技術を下関に持ち帰った後に生産を開始した。チベット商人は麗江や徳欽を訪れると、茶馬交易以外にも携帯する貴重な漢方薬材料麝香、貝母、紅花などと引換えに緊茶を手に入れた。当時、普洱で手に入れた緊茶はダライラマを中心とする拉薩地区「前蔵」に、永北州(現在の永勝)から手に入れた緊茶はパンチェンラマを中心とシガツェ「後蔵」に運ばれた。新唐書『吐蕃伝』には、チベット族は茶にバターを混ぜた「羹酪」(酥油茶を指す)を飲むと記載されている。消化を助け、胃を守り、脂肪を分解し、散熱や渇きを癒す作用があると言う。明史『雑甘伝』には、「其皆肉食,倚茶為命(肉食ゆえ、茶が命)」という記載がある。代々、内陸はチベットに茶葉を供給して、チベット族は内陸に馬を送り込むという物々交換のかたちで行なわれた。「接山之產,易廄之良(山で産した物と厩で産したものを交換する)」である。茶葉がチベット族の生活でどれほど重要であるか、この一点でわかる。緊茶の加工、原料配合には国家規定による上中下級晒青荒茶が使われている。外側には3~8級、内側には9~10級。工程は次の通り。
荒茶原料3~8級拼堆→付揀→潮水(軟化)
灑面茶(外側に用いる茶葉(半製品))に47%用いる
荒茶原料9~10等→篩→切→付揀→潮水(軟化)
裡茶(内側に用いる茶葉(半製品))に53%用いる
半製品→秤量→蒸圧→定型→乾燥→包装
心臓形の宝焔牌緊茶は手作業による揉捻で、正味重量238g、7個1筒で、竹皮で包装された。1籠18筒、重量29.98㎏。1967年に形は長方煉瓦形に、機械による緊圧が開始した。規格は14×9×2.5㎝、重量250g、中茶牌の商標を使用した。下関茶廠は1986年に元来形(心臓形)復活を試み、省内と青海省チベット向けに出荷した。緊茶(煉瓦形)の外観は引締まり、厚さ均一、艶やかな黒色で、白毫を持つ。内質は水色赤橙色、香気純粋で、滋味濃厚。何煎も煎れられ、茶殻は褐色を帯びた竹葉色である。雲南下関、勐海、景谷、景東、墨江などの茶廠で緊茶を生産する。【雲南省茶葉進出口公司誌、p95】
紧茶问世于沱茶之后,也是由姑娘茶演变而来,原产于云南佛海,是供应藏族兄弟民族的传统产品。最初的紧茶形状为团茶,因长途跋涉到西藏曾普遍发霉。民国元年至六年(一九一二~一九一七),佛海首先改制成带把的心脏形,取名宝焰牌紧茶,每七个为一筒,笋叶包装,每个紧茶之间有空隙,能继续散发水分,运送西藏一般不致发生霉变。当时,下关大茶号茂恒派人佛海学习紧茶加工技术,返下关后开始生产,对产制技术极为严格,藏商来到丽江或德欽,除了以马易茶外,并携带贵重药材如麝香、贝母、红花等销售后,购置紧茶运藏。当时,从普洱购买的紧茶销往以达赖喇嘛为中心的拉萨地区的前藏,从永北州(今永胜)购买的紧茶销往以班禅喇嘛为中心的日喀则后藏地区。新唐书(吐蕃传)记载,藏族饮用羹酪(指酥油茶),即用茶水掺酥油作为食品,有助消化、健胃、去脂解腻、散热解渴的作用。明史杂甘传记载,“其皆肉食,倚茶为命”。历代由内地供应藏胞茶叶,而藏胞向内地输送马匹,即所谓“接山之产,易廏之良”。茶叶对藏胞生活的重要性,于此可见一斑。紧茶加工,在原料配方上,按国家规定采用上中下当晒青毛茶。晒面用三到八等,里茶用九到十等,工序流程如下。
毛茶原料三到八等拼堆→付拣→潮水(软化)用作晒里面茶(半制品),占四十七%
毛茶原料九到十等→筛→切→付拣→潮水(软化),用作里茶(半制品),占五十三%
半成品→秤重→蒸压→定型→干燥→包装。
原来心脏形的宝焰牌紧茶全是手工揉制,每个净重二三八克,七个为一筒,用嫩笋叶包捆,每篓十八筒,净重二九.九八千克。一九六七年改制成长方形的砖片,开始改用机压,规格为十四×九×二.五毫米,每片净重二五〇克,用中茶牌商标。下关茶厂一九八六年试行恢复原有形状(心脏形)加工生产,部分在云南,青海藏区销售。紧茶(砖片形),外形紧结端正,厚薄均匀,色泽乌润,带银毫,内质汤色橙红,香气纯正,滋味醇浓,经久耐煮,叶底呈竹叶青或带褐色。现在云南下关勐海、景谷、景东、墨江等茶厂均生产紧茶。

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