紅磚茶の歴史

紅磚の産地は湖北省赤壁、趙李橋製茶廠で生産されています。
その歴史は長く、19世紀にはイギリスやロシアが清国に乗り込んで工場を建設、紅磚茶を作りました。紅磚輸出量が中国茶総輸出量の13.4~26.0%を占めた時代(1876~1879年)もありました。
中国とロシアの茶交易は宋代にはすでに記載がありましたが、ほんのわずかで、その窓口は国の事情によって開いたり閉じたりしました。中露の通商が公式に結ばれたのは清代です。
ロシアは再三使臣を派遣して茶葉貿易の開放を求めましたが、康熙年間28年(1689年)のネルチンスク条約が中露茶葉交易の始まりとなりました。それもつかのま、ロシアの茶葉需要を満足させることができなくなりました。雍正年間5年(1727年)、ロマノフ朝エカチェリーナⅠ世は使臣を派遣、キャフタ条約に調印させました。
万里茶路晋商の二百年をテキストにまとめた時に、モンゴル、ロシアとの茶葉貿易を独占した晋商(山西商人)のことをもっと知ろうと、『晋商』8集のドキュメンタリーを購入したけれど、その意気込みのまま長らく放置・・・。今秋こそは?

2024.10.03facebook記事より

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