満月祭(Poya Day)のアヌラーダプラ

紀元前544年ヴィジャヤ王子と700人の従者がインドから渡来しました。王子が連れて来た従者は島の至る所に定住して村を形成し、インドの文化を浸透させたと、歴史書『マハワムサ(大王統史)』に書かれています。
ウィジャヤのスリランカ上陸から数えて6代目、ウィジャヤの移住以来最初の生粋のスリランカ人君主パンドゥカバーヤ(Pandukabhaya)王(在位BC437〜BC367)は現在アヌラーダプラ(Anuradhapura)がある地域に居住して、都市建設を行うとともに、シンハラ人と先住民を再編することで両者の争いを終結させました。
ここに、アヌラーダプラ王朝が始まります。
当時インドの影響は強く、王子が王となる際にはインド王の許可が必要だったようです。
インドを統一したマウリヤ朝アショカ王(阿育王)時代に権力を握ったティッサ王子は、アショカ王に使節団を派遣して、戴冠式に必要な物を受け取り、王から贈られた手順書に則って戴冠式を行い、王が使っていた称号デーワーナンビヤを冠してデーワーナンビヤ・ティッサ(Devanampiya Tissa)王となりました。
同時に、アショカ王の息子アラハツ・マヒンダ(Arahath Mahinda)が比丘集団とともに仏教をもたらしました。
アショーカ王の娘サンガミッター長老尼が仏陀が悟りをひらいた菩提樹の南枝を運び、アヌラーダプラに植樹したのは、紀元前288年のこと、人の手により植樹された樹木では最古木とされています。
1500年もの間続く王朝の国造りには仏教が大きく関与しました。
神聖なるスリ・マハ菩提樹、アブハリ仏舎利塔、ジェタワナ彫刻、サマドヒ像、ダゴバス、王宮、古代都市を構成する全てが歴史的・文化的価値あるものとして、アヌラーダプラ古代都市 は、1982年に世界遺産として登録されました。
本日2025年3月13日は満月祭(Poya Day)なので、一家総出は当たり前、村をあげて寺院に参拝します。アヌーラダプラのシンボルであるルワンウェリ・セヤ大塔に到達する道の途中で、仏教の旗を皆で御神輿のように運び、頭に寺院への供物をのせた盛大な行列に出会えました。行列の両脇には人が頭にのせている供物に触れたい白服の人々がぎっしりならんでいます。供物に触れさせてもらえることによって、その供物を捧げたことになるとのこと。触らせてあげるほうも、徳を積んだことになるのか、三方すべて良しの仏教習慣なのでした。

2025.03.13facebook記事より

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