



10月25日に行ったお茶の講演会振り返り。
韓国蔚山大学名誉教授であり、5年前に通度寺茶文化大学院の院長就任した魯成煥先生に『中国天台山と古代韓国の茶文化』をテーマにお話いただきました。
『三國史記・新羅本紀』「新羅興徳王3年(828)冬12月、使者を唐に派遣して朝貢した。文宗(唐朝第17代皇帝)は麟徳殿に召して謁見し、宴を開いて厚くもてなした。唐から帰国した使者大廉は、茶の種子を携えて帰り、王はそれを地理山(智異山のこと)に植えさせた。茶はすでに善徳王(在位632~647)の時代からあったが、この時に至って盛んになった」
善徳王時代の茶はどこから来たのか?
浙江省の天台山は、3世紀に葛玄が華頂で茶園を造成したのが始まり。
天台宗開祖智顗(智者大師 538~597)は、茶のことを言及したことはないが、止観修行に必要な五事(調食・調眠・調身・調息・調心)の中で特に調眠を強調した。つまり天台仏教は茶徳で悟りを得たと言える。
この時代、新羅の縁光が天台智顗の弟子となり、天台山で修行している。
縁光が天台山から帰国の際、茶種を持ち帰った可能性として、新羅の都慶州に近い蔚山と梁山には野生茶が存在。
646年頃慈蔵開山の通度寺でも金剛戒壇(慈蔵律師が持ち帰った仏舎利)の裏斜面に茶の木が繁茂→ 中国天台山華頂の茶とDNA親縁関係の類似性が84~86%と確認、同一の先祖を持つ茶樹だと判明。
2025.10.31facebook記事より

