日本– category –
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大分
福澤諭吉が少年時代過ごした母親の実家と茶と菓子と
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云えり」 福澤諭吉は一歳半の時に父親と死別し、母親の実家中津に帰郷しました。3歳から21歳まで過ごした家が国指定史跡として残っています。1803年築の木造瓦葺平屋建て、諭吉は19歳で長崎に遊学するため... -
大分
杵築のお茶
杵築城下町武家屋敷能見邸内の甘味処台の茶屋で和風茶パフェ。さつきのお茶見つけた^_^ きつき紅茶は、開業医松山意佐美によって紅茶生産が始まりました。全国品評会で農林大臣賞を受賞ほど高品質の紅茶が生産されるようになりましたが、紅茶が輸入自由化... -
大分
杵築城下町を歩く
杵築駅前からバスに乗り、杵築城前バス停で下りて杵築城下町を歩く。 杵築城↓ 天守閣から海を見渡す眺めが圧巻の日本一小さなお城です。 勘定場の坂↓ 城と北台武家屋敷をつなぐ真っ直ぐに伸びたきれいな坂道です。 藩校の門↓ 江戸時代の武士や子供達が学問... -
大分
みかん🍊成る頃、バラ咲く茶園
宇佐で見た茶畑は小倉の池の辺りにありました。1620年、細川忠興は病気を理由に家督を譲ると三斎と名乗り茶道三斎流の創始者となりました。この頃に石高を安定させるため領内各地に溜池を造るようになりましたが、豊前最初の治水工事として手掛けたのが、... -
大分
宇佐神宮と宇佐郷土料理
宇佐神宮は4万社あまりある八幡様の総本宮、この地はまた神仏習合と神輿発祥地としても知られています。八幡信仰とは、応神天皇の聖徳を八幡神として称えるとともに、仏教文化と日本固有の神道を習合したものとも考えられてるのです。参拝の仕方も他社と... -
大分
城下町臼杵スイーツ
臼杵の城下町は戦国時代のキリシタン大名大友宗麟が丹生島に築城したことからはじまります。城を守るため、わざと見通しヶ悪く、迷路のような町並みになっています。 臼杵の中でもとりわけ、城下町の家屋敷や寺などの趣ある建物が多い二王座の入口に位置し... -
大分
臼杵石仏と郷土料理ランチ
臼杵石仏ふもとの郷土料理店のほんまもん野菜のランチプレートで腹ごしらえして、いよいよ臼杵石仏へ。 臼杵石仏は、平安時代から鎌倉時代にかけて臼杵の豪族が仏師を呼び寄せて彫らせたと考えられています。磨崖仏では全国で初めて国宝に指定されています... -
大分
臼杵のお茶
臼杵のお茶は、吉四六どんの里にあるらしい。吉四六とんち話は、江戸時代初期の豊後国野津院(旧大野郡野津町、現在の大分県臼杵市野津地区)の庄屋初代廣田吉右衛門をモデルとした民話です。古い映画『種まく旅人みのりの茶』のロケ地にもなりました。 観... -
大分
旧臼杵藩主稲葉家下屋敷
臼杵は大分県の豊後水道に面している城下町で、戦国時代はキリシタン大名の大友家、江戸時代は稲場家が治めていました。現在も城下町らしい風情があちこちに残されています。 黒塀と鯉が泳ぐ根掘り、庭園、書院造りの座敷、謁見の間の表座敷など、和の心づ... -
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大分郷土料理だんご汁
大分は平地が少なく、稲作よりも麦栽培のほうが盛んに行われました。そのため粉系の料理や加工品が多いのです。中でもだんご汁は平民食です。だんごとは小麦粉を塩水で練り耳たぶほどの固さになったものを一旦寝かせ、それから生地を親指大にちぎって一つ...