聖一国師と足久保

聖一国師墓

聖一国師誕生地の碑

聖一国師は1235年宋に渡り径山萬寿禅寺で学び、1240年宋より帰朝の際に千巻に及ぶ典籍を持ち帰るとともに進んだ文化を日本に伝えました。
茶の種も持ち帰り、静岡県の足久保や蕨野に植えました。当時僧の中には医療にたずさわるものもあり、喫茶が養生の一つにあげられ、茶は医薬として珍重されました。後に安倍川上流一帯は茶の適地として良質の茶を産するので、味の本場であるということから本山茶の名が生まれました。
聖一国師は静岡茶を日本一にする基を作ったのです。

圣一国师和足久保
圣一国师(1202~1280年)在1235年越过海到宋国(960~1279年),在浙江省径山萬寿禅寺学习,在1240年带多达1000卷的典籍回国,与此同时把宋国先进的文化传到日本。
他把茶种也带回国,在自己的故乡静冈县的足久保以及蕨野地区栽种成功。那个时代,有僧侣参与医疗看护的做法。他们把喝茶视为养生,特别重视茶叶的医药作用。
以后,因为高质量的茶叶在安倍川上游一带生产,所以这一地区被认为适合栽培茶叶的適地,结果在静冈茶起源地生产的茶叶被命名为本山茶。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。