セミナー「シーボルトと茶」

シーボルトは1796年にバイエルン王国に生まれ、長じてはオランダ領東インド陸軍外科少佐に任命され、1823年には出島オランダ商館医師として日本勤務を命じられて同年8月に長崎に上陸しました。翌年に出島の薬園を植物研究のために整備、さらには鳴滝塾(弟子に高野長英ら)を設立し、近代日本を担った多くの学者を育てました。
出島植物園からバタビア(インドネシアの首都ジャカルタのオランダ植民地時代の名称)に送られた植物種子リストの中に長崎・嬉野・肥後産の茶種が含まれています。帰国にあたって禁制品(伊能敬忠の日本地図など)を持ち出そうとしたことが発覚(シーボルト事件)して帰国後、『日本』、『日本動物誌』、『日本植物誌』を出版しました。

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