





大分宇佐地域は、「六郷満山(ろくごうまんざん)」として知られ、神仏習合の山岳信仰が栄えた地です。その始まりは、奈良時代に宇佐八幡神の化身とされる仁聞菩薩が開山したとされ、宇佐神宮と国東半島の寺院群が一体となって発展してゆきます。宇佐八幡神と仏教の融合が進み、山岳信仰や天台宗系の修験、浄土思想などが融合して、神仏習合の独自の文化が花開きした。
宇佐神宮にて執り行われる仲秋祭(放生会)の由来は720年、成敗した反乱分子隼人を慰めたことに始まるとされ、連綿と続けられてきました(神官と僧侶が一緒に行っていました)。
三日間行われる放生会初日のお下りでは、上宮を進発した神輿が浮殿(和間神社)へ渡御します。
中日は浮殿での仲秋祭(大祭)が斎行された後、寄藻川河岸にて放生式(蜷放生)を執り行います。
最終日のお上りでは、神輿は浮殿から上宮へ戻ります。
宇佐神宮放生会は大分県の無形民俗文化財となっています。
また、奈良の東大寺の転害門は、宇佐神宮と深い関わりがあります。聖武天皇の東大寺建立を後押しする神託を出し、749年に大仏建立の際に宇佐八幡宮から分霊を迎えた際、そのお神輿が転害門を通ったことが、しめ縄をかけるようになった由来とされています。
そのようなことから、宇佐神宮は御輿と放生会発祥地なのです。
歴史を動かしたもう一つの事柄としては、道鏡が天皇の座を奪取しようとした時に、和気清麻呂がそれを阻止する神託を持ち帰り、道鏡の怒りをかって脚の腱を切られた上、大隅国へ流されてしまいましたが、傷つけられた脚が回復するなど、八幡大神のご守護により数々の奇跡がおきたと伝えられています。
2025.10.13facebook記事より

