






三宝寺刹のうち、行けていなかった世界遺産海印寺に、ようやく訪れることができました。
高麗時代、朝鮮半島は蒙古による度重なる侵攻に悩まされました。蒙古撃退を祈願するため、15年の歳月を費やし1251年に完成させた総計6770巻版木86600枚に及ぶ八万大蔵経は隆盛した高麗仏教と印刷術の粋であり、これを収蔵する海印寺蔵経板殿が世界遺産に登録されました。
蔵経板殿の見学を終えて下りてくる緩やかな坂の途中に学士台はあります。
新羅時代の思想家・儒学者崔致遠の像です。12歳で才を認められて唐に留学、17歳で科挙に合格して承務郎侍御史内供奉となりました。28歳で帰国して新羅の国政に携わり、唐の制度移入に苦闘するも敗れて、893年には遣唐使に任命されても行かずに放浪生活を送りました。そして、ここに隠遁して、彼が亡くなった年を知る者は誰もいません。
唐文化の薫陶を受けた崔致遠の茶生活は、「桂苑筆耕」謝探請料銭状の一文「本国使船過海。某欲買茶薬。寄附家信」があり、茶と薬を唐から輸入していたことがわかるといいます。
金大廉が唐に使臣として行って帰国した際、唐より持ち帰った茶種を植えた茶の始培地双磎寺(慶尚南道河東郡花開面花開里)境内には崔致遠の親筆である双磎石文、真鑑禅師大空塔碑(国宝・韓国四大金石文)ともに「謝新茶状」碑が残ります。
2025.05.07facebook記事より

