霊鷲山通度寺喫茶時間

11月に訪れて以来半年ぶりの通度寺は、昨日の喧騒がなかったかのような、しっとりした風景の中にありました。
4月26日に初摘み献茶式(https://www.tongdosa.or.kr/bbs/board.php…)の舞台となった茶園では小さな新芽が恵雨に濡れていました。
大僧正様が、中国から贈られた、百年以上前に牛の胃袋に保存され熟成した茶でおもてなし下さいました🙏
〈備考〉
三国時代、なかで文化面で後進だった新羅は伽耶を統合することでその文化的欲求をある程度満たすことに成功しました。伽耶の茶産地と茶栽培の技術的蓄積もその中の一つと言えるかも知れません。
善徳女王時代(632〜647)には茶があったという『三国史記』以外の記録に、通度寺の記録があります。
通度寺北方に位置する冬乙山には茶を作って寺に供する所があり、茶竈と茶泉が残るそこを後世の人が茶所村と呼びました。
新羅時代、どのように茶が飲まれていたのか、それは崔致遠の『眞鑑国師碑』を通して二つ見られます。茶をひいて粉にして沸かす方法とただ沸かす方法でした。
唐の茶を本格的に輸入するには限界があったことから、王が茶の最適地として智異山という具体的な地名を言及して、大廉が唐から持ち帰った茶種を植える(828)など、国家的次元の開発努力もされました。

2025.05.06facebook記事より

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