




金首露王の七人の王子がインドから来た叔父(寶玉・長遊和尚)と共に智異山に来て雲上院を建て、成仏しました。
それを聞いた首露王と王妃が直接ここまで来たが、成仏した王子達に会うことができません。ところが寺の前の澄んだ池に成仏した七人の王子の姿がはっきり現れた。それで、この池は影池と呼ばれるようになり、また、ここの茶は七王子と宝玉禅師が植えたお茶だと伝えられています。150年前までここ七仏寺ではお茶作りされていました。
大興寺の一枝庵にて40年間参禅を積みながら『東茶頌』『茶神伝』を執筆し茶聖と呼ばれた草衣禅師。
一度火を入れると不思議なことに100日間暖かかったという不思議な亜字房で『茶神伝』を写し取ったと『茶神伝』の終りに書かれています。
草衣禅師は儀式にとらわれず、ただ美しい水と良い茶葉で煎れて飲むという原点ともいうべき喫茶を唱えました。「茶禅一如」(茶道も禅道も神髄は一つ)の精神のままに生き、お茶を通じて多くの文人と親交を結びました。
2025.10.03facebook記事より

