






昨年も訪れた金官伽倻始祖金首露王陵と阿踰陀国の王女と伝わる王妃許黄玉の墓陵。
伽耶にお嫁入りする時に茶の木をもたらしたという伝説ヒロインの墓陵らしく、ここを訪ねる人々を茶樹が迎えてくれます。晩秋に出かけた金海茶樹の道。花の季節も終盤だったし、木々も寒さに耐える風情でした。また行きたいという感慨がわくほどの絶景を構成するものではなく、知る人ぞ知る、ここを散歩する人たちの心をいやすような慎ましやかな存在だったのに、ピカピカ光る新芽が呼んだのでしょうか、たった半年後に再訪することになるとは^^ あの時会ったのは冬を忍ぶ姿、春の姿を見て!と言っているかのようです。 金海博物館のカフェにて、金海産緑茶と発酵茶で金海喫茶時間^^
<備考>
新羅茶文化の始まりは、伽耶を征服した真興王時代6世紀頃か、7世紀善徳女王時代と考えられます。
『三国史記』に、興徳王三年(828年)12月、唐から帰国した大廉が茶種を持ち帰り、それは智異山に植えられた。茶は善徳女王時代(632〜646)からあったが、その時に盛行したと、あります。その土産茶に伽耶が思いつきます。
800年代は、淸海鎭を拠点に海上貿易を掌握していた張保皐が新羅、唐、日本をつなぐ 国際的な三角海上貿易網を構築しようとした時代でした。
2025.05.04facebook記事より

