


臨済宗相国寺派島津家菩提所鎮国山感応寺は、1194年島津家初代忠久公によって創建されました。
栄西禅師は、1191年に宋から帰国して、平戸の富春院、背振山霊仙寺、安国山聖福寺など九州各地に日本最初の禅寺7寺の開山となりました。感応寺もその一つです。
明治時代まで臨済宗東福寺末として栄西、雲山の禅風を挙揚しながら島津家の菩提寺として栄えていましたが、明治の廃仏毀釈で廃寺となりました。
臨済宗相国寺派として再興されましたが、再建途中にある寺です。
有形文化財の感応寺仁王像が護る道から入るその先には、比較的小さな白い本堂があります。
本堂横に植えられたソテツは1597年に感応寺の第18代茂林和尚が阿久根の楞厳寺に隠居中、薩州島津家6代義虎の文船使者として琉球に赴いた際、帰りに中山王から贈られたもので、天然記念物に指定されています。
境内のそこここにいる茶樹たちには残念ながら栄西由来とは伝わっておらず、古木もないようでしたが、お寺の生垣としての役目を果たしていました。
2024.11.06facebook記事より

