石鎚山のお茶①

石鎚山の茶樹

平家の里石碑

曾我部旧家

平清盛生誕900年。
1181年2月清盛の病没によって強力な指導者を失い弱体化してゆく平氏は、寿永2年(1183年)7月安徳天皇と三種の神器を奉じて都を落ち、九州大宰府まで逃れましたがそこからも追われて、海上を流浪した末に阿波国の田口氏に迎えられて讃岐国屋島に本拠を置きました。源氏が水軍を保有していなかったため四国攻めに踏み切れずにいる間、平氏は有力な水軍を擁して瀬戸内海の制海権を握って力を蓄えました。
しかし時代の趨勢には逆らえず、『平家物語』の名場面那須与一が扇の的を射たエピソードで知られる屋島の陥落によって平氏は四国で敗れました。これによって、四国に落延びた平家落人伝説が数々生まれました。弘法大師空海が修行した地として知られる山岳信仰の霊山西日本最高峰の石鎚山もその伝説の舞台のひとつです。

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