





2024年10月4日に長崎鷹島沖海底遺跡で3隻目の元寇船が確認され、船内では短刀の鞘も出土しました。
鷹島沖では元による2度目の来襲・弘安の役(1281年)で、元寇船約4400艘が暴風雨で沈没しているので、これからも海底遺跡からの出土が期待されます。
このタイミングで九州国立博物館にて特集展示「モンゴル襲来の痕跡を探る」と調査研究報告のシンポジウムが開催されました。
今年は、元寇(鎌倉時代中期の1274年・1281年に、モンゴル帝国(元朝)および属国の高麗によって2度にわたり行われた対日本侵攻)文永の役(1274年)から750年です。
遣唐使の航路
北路・・・朝鮮半島沿い
南路・・・後の大洋路
南島路は存在しない
気象状況でずれながら東シナ海を横断
大洋路
日宋貿易から遣明船を通して使われた航路
遣唐使の時代に南路と言っていたものと一致
<文献>
1072年 成尋『参天台五台山記』
1082年 戒覚『渡宋記』
1351年 愚中周及『愚中周及年譜抄』
1451年 笑雲瑞訴『笑雲入明記』
1539年 策彦周良『初渡集』『再渡集』『策彦入明記』
中国側(日本側帰路)元寇江南軍の航路
理想は、5月の梅雨の晴れ間を待って、渡海する
日本→大陸 目的地の寧波ではなく南へ流れがち
大陸→日本 朝鮮半島に流されがち
元寇弘安の役で東路軍900艘(高麗合浦から)は5月、江南軍3500艘(寧波から)は6月に出航合流して、7月鷹島で4400艘遭難
“アジアの海は日々是貿易”
五島列島に貿易陶磁集中
博多・鷹島・的山大島・平戸・宮ノ浦・宇久・小値賀・祝言島・奈留・山王山(最澄縁)
☆寄港地、売り物にならない陶磁器を廃棄した可能性あり
☆港に真水の井戸があり、給水の便 「朝鮮井戸」(古くから船用水として使われる)
追記:
太宰府天満宮は2024年5月から3年かけて本殿大改修中で、屋根に森が盛られた仮殿が見られます。
2024.11.05facebook記事より

