






司馬遼太郎は、韓国の旅にて、釜山龍頭山では李舜臣の像、金海では首露王陵、慶州では仏国寺、大邱近郊の友鹿洞(友鹿里)では秀吉の朝鮮出兵時に朝鮮に投降した武将の末裔を訪れ、『韓のくに紀行』を連載しました。
今朝は、チョングッチャンにヌルンジ(おこげ湯)。
大邱市内からバスで1時間ほどの場所に友鹿洞はあります。
友鹿洞の始祖となる沙也可は、彼の伝記『慕夏堂文集』によると、1592年4月、22歳の時に加藤清正の先鋒部将として釜山に上陸しましたが、一度も戦うことなく、3000人の兵士と共に朝鮮側に降伏し火薬と火縄銃の技術を朝鮮に伝授して日本軍に対抗、戦後はその功績を称えられ朝鮮王から金海金氏の姓を賜り金忠善と名乗った人物です。
一族は現在16代目と続き、一番年長の13代目が智異山野生緑茶と宜寧名物マンゲトクでおもてなしいただきました。
2024.11.19facebook記事より

