1895年、夏目漱石は愛媛県尋常中学校の英語教師として松山に赴任し、松山で正岡子規と下宿先の愚陀仏庵で52日間の共同生活を送りました。
正岡子規は随筆『仰臥漫禄』で病床の体調や食事を細かく書き記るしていましたが、連日のように描き記したのが菓子パンのことでした。特に、食べないと手がふるえると形容するほどアンパンが好きで、死が迫る直前までまるで命がかかっているかのようにアンパンを食べたと言います。
この当時と同じ、酒種製パン法で作られた菓子パンが松山空港で売っています。愛媛県の松山空港をご利用の際にはチェックしてみて下さい^^
(2018-4-3)
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