漕溪路と漕溪村

黄山毛峰が生まれたのは、清朝光緒年間1875年のこと。徽州茶商謝正安が戦争疎開先の歙県富渓村で雀舌茶を作り、上海で売る際に有名な黄山雲霧茶と区別して、鋭い峰のような形から黄山毛峰と名付けて売り出しました。謝正安の地元である安徽省黄山市徽州区富溪郷漕溪村は明代清代にかけて商人を多く輩出した地で、彼らが海外へ茶葉を販売する拠点としたのが上海、謝正安を代表とする徽州茶商の店舗が集中していた地が、漕溪路として現在も上海に名を残しています。
~2019年4月14日facebook記事より

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