Assam1864 英国東インド会社

1824年、インドとビルマ間で勃発した国境をめぐる軍事衝突に対して、アマーストベンガル総督がビルマに対して宣戦布告し、第一次英緬戦争が始まります。東インド会社軍が払った多くの犠牲は報われて、ベンガル湾の支配権を得ました。
1826年のヤンダボ条約によってアッサム地方は英国支配下となりますが、長期の内乱やビルマとの戦争によってアッサムは混乱荒廃状態にありました。
英国東インド会社は、1600年、エリザベス1世の勅命によりアジア貿易を目的に設立されました。
植民地では独自の税や通貨発行から法律の施行、軍隊まで保有するほどの覇権を持っていました。
お茶に関しては、1720年から百年以上中国茶貿易独占権を行使しました。
1833年、英国東インド会社の中国貿易独占権が廃止されると、中国種のインドへの移植が検討され、ロバートブルースによって当時東アジアでしか存在しないと思われていた茶樹が発見されたことが報告されていたアッサムでも、中国種の茶栽培が始まりました。
その一方、アッサムで自生していた茶樹の栽培も、兄の遺志を継いだチャールズブルースによって続けられ、1836年にアッサムで自生していた茶葉を使って製茶した最初緒のインド産紅茶がロンドンに送られました。
1839年にはアッサムでの茶栽培を目的とした会社アッサムカンパニー(The Assam Company)が発足しました。

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