チベットの春7/10

貞観十七年(644年)、文成公主は王都ラサに至ります。この時彼女が携えていたのが、12歳の釈迦牟尼等身大黄金像でした。周囲の地勢を見た彼女が金の釈迦牟尼像を祭るに相応しい場所を定めました。彼女の夫を供養するラモチェ寺(小昭寺)の建設は唐から付き従ってきた工匠たちの手で行われました。「先代王の妃は次代王の妃となる」服喪後の645年、文成公主はチベットの風習嫂婚制に従い、現王ソンツェン・ガンポの妃となります。敦煌文献によると、ソンチェン・ガンポ王と文成公主の生活は3年余りでした。
649年ソンチェン・ガンポが没しても文成公主は故郷に帰ることなく生涯両国の和平のために尽くし、680年にその生涯を閉じました。死後も尊崇されたと伝えられています。

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