ひがし茶屋街文化財内喫茶めぐり

1820年文政3年に加賀藩の政策により、浅野川沿岸地域が茶屋町街として町割りされました。木虫籠(キムスコ)と呼ばれる美しい出格子が両脇につづく趣のある古い街並み、この格子、1本1本をよくみると台形をしていて、外からは内部が見えにくく、部屋側からは外がよく見えるという実に手のこんだ作りになっています。
1820(文政3)年に建てられた志摩は国指定重要文化財。茶屋は二階が客間で、町屋とは異なり押入れや間仕切壁などはなく、開放的であくまでも遊芸を主体とした優美で繊細、粋なしつらえになっています。
茶屋街は、町方にわずかに許された娯楽と社交の場として町の旦那衆や文人たちが集い、琴、三弦、笛に舞い、謡曲、茶の湯、俳諧を楽しみました。茶屋文化は後の演劇や音楽、文学、美術工芸はもとより一般生活や風俗にまで影響を及ぼしました。

2020年6月9日facebook記事より

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