大井川蓬莱橋

勝海舟は1860年、徳川幕府の咸臨丸船長として渡米し、この時にお茶が世界的な商品価値を秘めていることを認識する。帰国後、西郷隆盛と交渉して江戸城無血開城に成功し、新政府の要職を歴任した。1869年、勝海舟たちの命を受け、中條景昭、大草高重が指導する旧幕臣たちが、牧之原で1425haの茶畑開墾を開始した。勝海舟は旧幕臣たちから様々な問題に関して相談を受け、経済的な援助も惜しまなかった。1875年に官職を辞した後も、影に日なたに牧之原開拓氏族を物心両面で助力し続けた。また1878年には約41haに拡張された。当初小舟を利用して大井川を渡ったが、あまりにも大変であったため、許可され架けられたなが蓬莱橋である。
by案内板

~2021年2月25日facebook記事より

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