脊振山

日本最初之茶栽培地の碑

栄西茶栽培800年記念祭の碑

「茶は養生の仙薬、延命の妙術なり」
日本初の茶専門書『喫茶養生記』を書いた栄西禅師は二度(28才と47才の時)にわたり入宋して天台山や径山などで学び、長崎県平戸に上陸、その後福岡県と佐賀県の境に位置する背振山の霊仙寺石上坊に移り、茶を栽培したと言われています(石上茶と呼ばれるものです)。戦国時代末期の混乱で次第に忘れ去られていき、豊臣秀吉による吸収統一時の所領没収で致命的となりました。近世になると鍋島家の助力を得て復興しました。現在残る茶園は江戸時代に運営されていたものです。
背振山萬善坊、脊振山香善坊、脊振山石上坊、脊振山北谷坊、脊振山土橋坊

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