寒巌禅師縁、豊川稲荷

稲荷と言うと、狐を祀った神社を想像されますが、ここに祀られているのは、豐川吒枳尼眞天。豐川吒枳尼眞天が稲穂を荷い、白い狐に跨っておられることから、いつしか「豊川稲荷」が通称として広まり、現在に至りました。
七百余年前の交通不便の時代にもかかわらず、「時世を救う」の大信念を貫いて二度までも宋国(中国)へ渡った寒巌禅師の六代目の弟子東海義易禅師がこの妙嚴寺を開創する時、自らを平八郎と称する老翁があらわれ、「お手伝いをいたします」と禅師の左右に侍してよく働きました。老翁は一つの小さな釜を持っているだけで、ある時は飯を炊き、ある時は菜を煮、又ある時は湯茶を沸かし、しかも幾十人幾百人を展待するのにもこの不思議な釜一つで間に合いましたので、その神通に驚かないものはありませんでした。そこである人が一体どのような術を使っているのかと尋ねると、平八郎はにっこりと笑って「私には三百一の眷属がありますので、どんな事でも出来ないということはありません。又どんな願いも叶うのです。」と申しました。この不思議な老翁は、開山禅師が遷化されてから忽然と姿を消してしまいましたが、あとには翁が使っていた釜だけが残されていました。この因縁により世に平八郎稲荷と称えられるようになったという昔話が残ります。
参道には、名物稲荷寿司のお店が立ち並び、食べ歩ける稲荷寿司の種類は日本一です😋

~2021年6月11日facebook記事より

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