ういろう@小田原】

元朝滅亡後、日本に亡命した元の外交官(外郎)だった陳氏、後の子孫は足利義満の命で明に渡り、霊薬宝丹の製法を学び持ち帰り、それは後小松天皇も愛用して透頂春の名を授けるほど、広く愛用されて陳外郎家の薬、外郎と呼ばれるようになりました。
五代目の時、北条早雲にまねかれて京都から小田原に移り住み、以後外郎は小田原名物になります。
1718年、二代目市川団十郎が若緑勢曽我を演じた際に外郎売りの姿で外郎の長い口上を早口で述べて人気を博してからはその演目が歌舞伎十八番の一つとなり、外郎の名前も全国に広がりました。
江戸時代の東海道名所記にも、東海道第一の名物なりと記されているそう。
併設喫茶コーナーで、この季節ならではのスイーツさくらさくら🌸を。あん、ムース、ゼリー、桜の三重奏です。
小田原城の桜は来週が見頃、よく見ると枝にポチッと咲いている桜も可愛い^_^

2020年3月21日facebook記事より

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